葉書の容量 / How many bytes in the postcard?
スロバキアでデビン城を訪れた際あまりに感傷にひたって思わず絵はがきを買いました。デビン城は未だあまり観光地ナイズされてなく--だからこその良い雰囲気だったのですが--何でこんなに良い景色からこんな適当な絵はがきしか作れないんだってくらいへろいラインナップで笑えました。とにかく写真はあまりよくなかったのですが、それは手紙を書く動機とはあまり関係が無く、問題無いみたいです。
もちろん普段手紙など書かずにメールしか使わないので、文面を書く際にこの葉書1枚をメールと考えるとどれくらいの容量なのだろうと改めて考えてしまいました。便箋ではなくスペースの限られている絵はがきだからこそ、そんなことを考えたのかも知れません。1枚の画像と、葉書サイズ半分量のテキスト、あとは宛名だけなので大した事ないはずなのですが、書き終わった葉書を見てみるとそれ以上の情報が詰まってる様に思われます。質感と言えばいいのか、筆跡とか、書いてる途中にちょっと汚しちゃったり、葉書自体がちょっと古いのか端が直線になってなかったり、果ては紙とインク匂いまで、そんなのが積もり積もって葉書を唯一無二の物にしています。コピー不可。メールであれば幾らでも転送できるのですが。この時、葉書のファイル・サイズはどれくらいなのでしょうか?
幾ら高性能のスキャナーで記録を取ったとしても、物理的に三次元+αの実物をデジタル・データとして完璧に記録・再現する事は今のところ不可能です。単にたった1枚の紙が配達されるというだけですが、世界規模でこんなリッチな情報伝達手段が確立されているのはすごい事だと改めて感じました。勿論メインの情報手段は益々メールに移っていくでしょうが、たとえ値段が高くなっても郵便という伝達手段は残すべきだと思います、人間の豊かさのために。
また同じ類の話で、旅行中に撮った写真を整理しながらネットにアップロードしたりしていて、確かに写真を焼き増しせずに友人と共有できるのはとても便利で助かるのですが、自分でデジカメで撮った写真をパソコンで頻繁に見返すかと言うと、あまりそうではない気がします。もしこれらの写真が現像されていて物として存在していあたら、もっと見返すのかも知れません。デジタル・メディアは便利だけど脆弱だよねというよくある話題なのですが、僕はそのジレンマとどう向き合ったり、それをどう歪めたりできるかと考えています。
When I visited Devin castle in Slovakia, I got quite nice feeling and bought some postcards, which I don’t do often usually. Actually, there were not so good postcards, but that didn’t matter.
Nowadays, I use only emails or SMS, no physical letters at all. At the moment I was writing sentences on those postcards, I wandered how much data the postcard can have. Obviously, it has one picture, some text, and just an address. That’s all. It’s not much. But, after I finished writing, it seemed to have much more information more than just a picture and letters. I could call it texture or the feel of material, like my handwriting, stains, a warp of a postcard, and even ink and paper’s smell. They cannot be copied, while emails can be forwarded unlimitedly. Then, how many byte sizes does the postcard have?
Emails are replacing postcards more and more. It is natural because emailing is so convenient. However, we should keep physical mailing available as well even if it get more expensive. The postcard is a so rich and imaginative communication tool that the email can never substitute perfectly.